拾ってきてそのまま3日ほど水につけた後、皮を向いたのだが、これに一苦労。ドングリの堅い皮が何度か指と爪の間に入って痛い痛い。ようやくむいた実は、鉄アレイで叩き割って細かく砕いて更に水につけた。粉にするといいらしいが、コンクリートの上に置いたドングリをゴンゴン叩くのは、あまり長時間やると近所迷惑。やむを得ずある程度細かくなった所でやめておいた。
それを再び水にさらして毎日水を変え、4日目の今日、クヌギは相変わらずの苦味と渋味。コナラは大分アクが抜けてきたが、木を齧っているようでうまくも何ともない。やはり何かと混ぜて調理する必要がありそうだ。
今日も食糧を探しに公園へ。
今日は別の公園で、スダジイのドングリを拾ってきた。
これは美味。生でもいけるが炒ると更においしい。
焦げつかないようフライパンを揺らしながら3分くらい炒るだけで調理は終わり。自然に外皮にも割れ目が入るので食べやすい。
調味料も何も必要なく、まるで栗のような甘味がある。
縄文人はコナラやクヌギのドングリを食べていたらしいが、やっぱり忙しい現代人には簡単に食べられる木の実がいいね。
貧困対策事業として、街に食べられる実のなる木を植えるのはどうでしょう。貧困が少し楽しくなりそう。


